“スタートアップ×融資”の最前線支援者に聞く、スタートアップ企業の資本政策”第3の選択肢”が今盛り上がる理由とは
成長するための資金調達方法には、銀行から融資を受けるデットファイナンス、VCなどから資金調達するエクイティファイナンスがあります。近年、ここに加えて「第3の選択肢」が登場。そのうちの1つが「ベンチャーデット」です。スタートアップ企業への融資サポート等を手掛ける株式会社INQ代表取締役CEOの若林哲平さんと、広告費の4分割・後払い(BNPL)サービス「AD YELL(アドエール)」を提供する株式会社バンカブルの代表取締役社長の髙瀬大輔が、スタートアップ企業の資本政策において、今、ベンチャーデットを始めとした「第3の選択肢」が盛り上がりを見せている理由について語りました。
リスクを取って成長するスタートアップ企業に適した融資が「ベンチャーデット」
――まずは「ベンチャーデット」の定義についてお教えください。
若林:広義、狭義の2種類があると考えています。広義は文字通りの意味で「ベンチャー向けのデット」、つまりベンチャー企業向けのファイナンスですね。狭い意味でのベンチャーデットは、新株予約権(ワラント)付き融資などを指します。
デットよりはリスクを取り、エクイティよりはリスクが低く、そのリスクの分だけ少し金利が高いものがベンチャーデットだというのが多くのスタートアップ企業の認識です。
プロダクトファーストで広がったベンチャーデット市場
――ベンチャーデットという資金調達方法が生まれた背景、経緯についてのお考えをお聞かせください。
若林:既存のファイナンスでは満たせないニーズがあることに対し、欧米で多様な資金調達方法が生まれた、というのが一言でいえる説明ですね。RBF(レベニュー・ベースド・ファイナンス)もそうしてやってできた手法の1つです。
ベンチャーデットが伸びている背景の一つには、2022年ごろからエクイティが非常に厳しい状況に置かれていることが挙げられます。米国IT株が大幅に下がってしまったことを受け、日本の上場IT株も下がり、それに伴ってIPOするときの株価目安も下落し、上場しづらい環境となりました。2020~2021年とバリエーションが高く、価値が付いて資金調達できていたスタートアップ企業が軒並み調達できない、するにしてもバリエーションを下げて調達をしなければならない状況になっています。
スタートアップ企業は資金調達をして、伸びていかなければならない。しかし、既存の銀行や政府系の融資で対応できるかというと、ビジネスモデル上なかなか難しいところがある。その結果、相対的にデットファイナンスの重要性が上がり、ベンチャーデットの利用が増えているのではないかと思います。
髙瀬:私もエクイティファイナンスの厳しさがベンチャーデットを後押ししているのは事実だと思いますね。加えて感じているのは、ユーザーニーズの増加が市場を拡大したのではなく、可能性に気付いたプレイヤーが増えたことで、結果的にユーザーが増え市場が拡大したということです。
これはBtoCなので本質的には違う部分もある例ですが、スマホはみんなが使いたいから普及したのではなく、スマホを作ったからみんなが使うようになり普及したものですよね。また、インターネット広告もそうで、例えば、Googleを使いたいからインターネット広告が伸びたのではなく、Googleが設計したからこその現状であり、実はユーザーファーストではなくプロダクトファーストでマーケットができあがっている例って結構あると思うんです。
ベンチャーデットの普及もそれと同じことが言えると思います。外部環境の後押しがある一方、既存の手法だと成し得ないポイントにマーケットニーズがあると感じた側が、そこを埋めようと事業を始めた。その2つが合わさった結果、エクイティでもデットでもない選択肢が増えていったのではないかと。
――資金を提供される側であるスタートアップ企業の認知についてはいかがですか?ベンチャーデットのような第3の選択肢があることをご存知ない経営者もいらっしゃるのでしょうか。
若林:ご存知ないスタートアップ企業も多いとは思います。「そういう調達方法があるんですね、話を聞いてみたいです」と言われることが実際にありますので。また、知ってはいるけれど踏み出せていないスタートアップ企業も存在しています。これは銀行からの融資の金利と比べると、ベンチャーデットの金利が高く見えてしまうことが要因ですね。手数料を上回る成長率がある、手数料を払ってでも資金を得て、成長機会に投資しないことのほうが大きな損失だと判断したスタートアップ企業が積極的にベンチャーデットを利用していると見ています。
髙瀬:スタートアップ企業の方はVCから資金を調達して成長していて、ファイナンスに関しても詳しい存在だとイメージされがちだと思うのですが、CFOが経営チーム内にいるスタートアップ企業を除けば、意外とファイナンスについてご存知ないケースが多い。スタートアップ企業の経営をしている立場からすると、お金は単なるペインではなく、場合によっては集中治療室に入らなければならないほどの激痛を伴っている。なのに、人事や開発、セールスやマーケティングほどファイナンスには目線がいかない傾向にあると感じています。
ベンチャーデットに適しているのはシリーズB以降のスタートアップ
――国内スタートアップ市場とベンチャーデットとのマッチ具合について、どうお感じですか。
若林:岸田内閣が掲げているスタートアップ育成5か年計画といったロードマップが引かれているのが、キーワードの1つだと思います。スタートアップを1万社から10万社にといった旗印を掲げていることで、スタートアップ界隈そのものが追い風を受けているような状況が前提としてあるかなと。
髙瀬:間違いないですね。そのうちの1つに資金供給の強化、出口戦略の対応まで支援するとされていますからね。
若林:そのなかに、ベンチャーデットという言葉が入ってきているのは数年前には考えられないことです。昨年2022年7月に開催されたスタートアップカンファレンス「IVS2022 LAUNCHPAD NAHA」では、何十とあるセッションのなかでデットの話題は1つだけだったと思うのですが、「IVS2023 KYOTO」では私の知る限り5つ以上ありました。セッション数自体の増加もありますが、政府の動きもあり、デットファイナンスに対する関心そのものが高まっているのかなと感じました。
日本は中小企業向けの創業期融資制度が発達していて、デットがより使いやすい状況も政府によって作られてきています。その延長線上にベンチャーデットが当然あるのだろうという風に思います。
――ベンチャーデットが適しているフェーズ、実際の活用事例についてお聞かせください。
髙瀬:シードやアーリーはデット自体が難しいですよね。スタートアップ企業ですと、PMFが終わって成長軌道が見えているけれども、ラウンドを重ねにくいシリーズB以降の後半フェーズが適していると思います。事例としてわかりやすいのは、株式会社UPSIDERさんでしょうか。昨年10月に発表されていた467億円の資金調達はデットファイナンスだったと思いますし、ペイトナー株式会社さんもベンチャーデットで調達をしていましたよね。スタートアップ企業界隈でもベンチャーデットをポジティブに捉えている事実があり、これらの事例はフラッグシップになる事例ではないかと感じました。
若林:株式会社タイミ―や株式会社10X、株式会社ユニラボなども良い事例かなと思いました。
タイミ―の183億円のデット調達の事例は、ベンチャーデットではないのですが、デットファイナンスの重要性の高まりという意味で象徴的な事例だと思います。
そして、共通していえるのは、髙瀬さんが先ほどおっしゃったようにシリーズB以降のフェーズであること。PMFをしていて、組織もできてきていて、ある程度の売上の伸びみたいなものが不可逆ななかで、エクイティファイナンスもしっかりできていて、上場に向けて進む方向にほぼ間違いのない状態という会社の場合、デットでもインパクトのある資金調達ができる状態になる。
逆に、その手前のところだと難しい。日本は創業融資制度が優れていて、売上が立っていなくとも、経営者のバックグラウンドがしっかりしていれば創業期でもお金が借りられるんですよね。一方、そこから事業が進んでいくと、基本的に赤字先行で事業を作っていくケースが多いため、だんだん借りにくくなっていく。シリーズA前後で、やっとトラクションが出てきて、広告が回ってきて、もうひと踏ん張りしたいけれども銀行融資がなかなかついてこないというケースがあるんですよね。銀行は足元から過去を見なければならず、足元が伸びていたとしても前期の決算書が真っ赤だと融資ができないということがあり得ます。
ベンチャーデットが必要とされる背景の話と重なりますが、やはり銀行融資は基本的に後半フェーズのスタートアップ企業の方が適していると言えると思います。
――バンカブルの「AD YELL」も資金繰りの第3の選択肢といえるサービスです。若林さんはどう見ていらっしゃいますか。
若林:ニーズにマッチした会社が多いと感じています。広告の費用対効果が合ってきていて、合っているからこそ事業をより伸ばすために広告費を増額したい。なぜなら成長を宿命づけられているスタートアップ企業だから。でも、血液となるお金が足りず、銀行から借入しようと思っても目線がなかなか合わない。では、どうしようとなっているスタートアップ企業にとって、納得できる価値を提供しているサービスだと思います。条件を満たしていれば使わない理由がないサービスだと素直に感じますし、紹介したスタートアップからも前向きな返事をもらえることが実際に多い。PMFしているサービスだなと思いますね。
髙瀬:ありがとうございます。今のお言葉だけでこの1年走れそうです。
――エクイティやデットではなく、「AD YELL」だから可能だった事例はありますか。
髙瀬:対立構造ではないと思っていまして、「AD YELL」を利用することでよりアクセルを踏めたという話でいうと、とあるD2C企業の事例が挙げられます。
調達ラウンドも重ねていらっしゃる会社で、デット・エクイティ共に調達シナリオをしっかり立てて進めていらっしゃるんですね。「このタイミングでこの程度の資金が入る」とわかっていて、計画としては広告費に100を投じる計画だけれど、その100のお金にレバーをかけて、いかに120、150の使い方をするかという観点で準備をされていたんです。「AD YELL」は100のお金を一括ではなく分割して払えるので、結果的に100以上の投資ができるようになる。この利用例は他に比較検討できる手段もなく、調達後にどう活かしていくのかという視点としていい事例ではないかと思います。
※自己資金で決済したのち、金融機関からの融資で減少した自己資金を回復させる金融手法
「攻めの一手」として捉えることでより良い活用が可能となる
――第3の選択肢を検討するにあたっての注意事項があればお聞かせください。
若林:ベンチャーデットや「AD YELL」などの手段を、単に緊急避難的なものと捉えず、「攻めの一手」と捉えることが大切だと思います。極端な話でいうと、エクイティの資金が底をつきそうなときに緊急避難的に広義のベンチャーデットを借りるケースを想像する起業家も少なくないと思います。しかし、先ほど髙瀬さんからご紹介があったD2C企業のように、エクイティが入ったからこそ使う、資金繰りに問題はないけれどステップアップのために利用する、広告を増やし、売上を拡大し、仕入を増やし、粗利率を高めていくためにやるといったように、攻めの一手として捉えると視野が広がってサービスの意義が違って見えるのかなと。
髙瀬:とはいえ志半ばで継続できなくなってしまう法人も当然たくさんいる。皆さんギリギリまで調達を何とかしていて、そのこと自体に間違いはないと思っています。その1つ手前の話を聞くと、想定以上にお金を使うことになってしまったとか、想定以上に利益が立たなくなって追加の資金が必要になっているんですね。
ここでその理由を本質的に掴めていなければ、いくら資金調達ができても根本的な解決には繋がらないんです。サービスや商品が多くの方の手に届くものなのか、という本質的な文脈もそうですし、お客様対応窓口のリソースが足りなくてクレームが出ているといった細かなところも含まれます。
こうした小さな違和感を残したまま調達で乗り越えようとしても、結局ボトルネックは変わらない。せっかく得たお金が価値や利益を生むことなく溶けていってしまうので、調達前にあらためて商品やサービスの設計、業務設計、お客様を把握しておくことが重要だと思います。意外と思っている以上に事業サイドを把握し切れていないなかでファイナンスして繋げ、結果的に倒れてしまう事業者様も多い印象です。ですので、資金調達の検討前の段階で、腰を据えてあらためて事業理解やお客様を理解することが非常に重要なんだろうなと痛感しています。
※掲載内容は取材当時のものです。
【取材ご協力】
株式会社INQ / 代表取締役CEO 若林哲平
WEBサイト:https://inq.finance/
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